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監督の本質的な仕事 [ 日本代表 ]

7/17に開幕したアジアカップも、はや決勝である。
さすがにここまで来たら優勝して欲しい。
既に日本代表監督ジーコの延命は確定だ。
巷でも言われているように、準優勝なんて半端な物を得るより
コンフェデやアジア・アフリカ選手権への出場権を獲得して有効利用して欲しいものだ。

私はたとえ優勝という最高の結果を残そうとも、
ジーコにこのまま日本代表監督の座に居続けて欲しくないと述べてきた。
「ド素人監督がたまたま出した結果を信じて、日本代表の未来を引き続き託すわけには行かない」
この考えは今も変わっていない。

ド素人監督でなぜダメなのか?
たまたまだろうがなんだろうが、勝てば、W杯の予選を突破できれば、いいではないか?
ひょっとしてそう思う人もいるかもしれない。
そういう考えの人とは、根本的な部分でサッカーを見る目が違う。
結果はもちろん大事だが、それ以上に内容が大事だと思っているからである。

スタジアムへ行く人は何が見たくて足を運ぶのか。
時間を、お金を費やして。
結果が重要ならわざわざ生で観戦する必要はないのである。
新聞で結果を、ニュースでダイジェストを見ればいい。
主催者側が最も大切にすべきは、入場料を払って見に来てくれる観客であることは
あらためて言及するまでもない。

今の日本代表の最大の悪い点は、様々な要因によって”結果として”内容が乏しくなることではない。
追い込まれるまでリスクにチャレンジする姿勢を、ボールに対する執着心を表せないことである。
相手との実力差に安住し、リスクを冒さない消極的プレー、安全な省エネプレーに終始している。
ひたむきなプレーはもちろん、現象としての内容も、内容を追求する姿勢さえも持たない日本代表。

ネットを渉猟していたら、私とほぼ同じ考えを持った有名人を見つけた。
湯浅健二である。
以下、アジアカップグループリーグ第2戦、タイ戦のコラム

ゲームコンテンツを観察しながら、またまた「自由というテーマ」に思いを馳せていました。日本代表の
プレーが本当に鈍い・・闘う意志のレベルが低く、流れのなかで積極的に仕掛けいく意図や意志が
感じられない・・。これはもう「暑さという気候ファクター以前」の問題です。それは、「やろうとする意
志・意図」を持っているかどうか(実際にはうまくいかないにしても、仕掛けていこうとしているかどう
か・・)という視点をベースにした評価というわけです。

そして、そんな風に日本代表をダメにした張本人が、ジーコである。
再び湯浅タイ戦コラムから引用。

監督は、選手たちの「人間的な弱さ」とも戦わなければならないということです。もう一度くり返します
けれど、この「弱さ」とは、積極的にサボろうとするネガティブな意図ではなく、意識や意志の低さとか
いった類のものです。その弱さを自覚させ超越させることで選手たちのリスクチャレンジ意識を活性化
することこそ監督の本質的な仕事(=本当の意味でのモティベーション)というわけです。

この湯浅の言う”監督の本質的な仕事”を、ジーコは理解していない。
ここ2年間の中で、最も”リスクチャレンジ意識”が活性化するはずのアジアカップでさえ
ぬるいサッカーを続ける日本代表を見ればそれは明らかである。

私にしてみれば、現在の状態は予想できたことである。
いくら崇高な理想を掲げていようと、実現の具体的方策を持たなければ指導者としての資格はない。
ジーコには、日本代表に限らずサッカーの監督は荷が重すぎた。
監督の本質的な仕事を理解していない者に、任務の遂行は不可能だ。
私がジーコをド素人と呼び、監督として失格だと主張する理由はここにある。

日本は、この先何年間を無駄にすることになるのだろうか。
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