ジーコの愚痴 [ 日本代表 ]
わけもわからず理想だけを携えて代表監督なんかになって、
一部ではあるが声としては小さくない国民の非難に曝されて。
黄金の中盤や秋田名良橋らベテランを起用するも思うような結果が出ず。
年代別代表やJ2からの選出、本来のポジション以外では使わないなど
独自の理念を披露してみたものの、撤回せざるを得なくなり。
イライラが募って思わず審判に八つ当たりしてしまい。
アジアチャンピオンのタイトル獲得したはいいが内容は最低で。
今まで変化と言えばDF全取っ替えしたくらいだから、ここらでちょっと変わったことやろうかと思えば
今度は技術委員会やAFCからもダメ出しを食らい、
W杯1次予選全勝で突破したものの、やっぱり最低な内容で。
掲げていた理想も自分でもいつだかわからぬうちに忘れていて。
記者会見では「勝つことが重要だ」と、見下していた宮本征勝でも言えそうな陳腐なセリフが口癖になり。
2年たったとは言え選手への具体的な指導法なんてさっぱりわからんから改善のしようもないし。
あーあ、このままではどんどん自分がダメになっていく。
いっそのこと代表監督辞めちまうか。
世にはばかるのは誰だ [ 日本代表 ]
功労者も呼ばず、新戦力も呼ばずで全く新鮮味のないメンバーになった
W杯地区第一次予選シンガポール戦の代表18人。
なぜか18人。
第5戦オマーン戦23人。
第4戦インド戦23人。
第3戦インド戦23人。
第2戦シンガポール戦23人。
第1戦オマーン戦23人。
と、これまで23人召集してきたのに。
FW登録の選手は鈴木、玉田、大久保の3人だけ。
予告先発は以下の通り。
土肥、加地、松田、宮本、三浦、遠藤、中田浩、藤田、小笠原、本山、玉田
何でMF登録の本山が先発2トップの一角なのか突っ込みたいところだが、やめておく。
それにしてもジーコという人は、徹底的に新しいことをしない。
さらに5人呼べる枠があるのに使おうとしない。
右SBの代わりを探そうとしない。
大黒や村井といったJで実績を残している、あるいは高く評価されている選手を
試すどころか、練習に参加させようともしない。
やっぱり、監督としての自分に自信が持てていないんだろうな。
いったん決めたメンバーを、アクシデントがない限り使い続けるのもその現われだ。
何かアクションを起こすと失敗した時目立つ。
何もしなければアラは目立ちにくくなる。
完全な事なかれ主義。
一緒に仕事をしたくないタイプ第1位である。
でもこういう人間に限って、上司に妙に気に入られててリストラされなかったりする。
人の話を聞けっ [ FC東京 ]
攻撃サッカー [ その他サッカー ]
浦和とのナビ杯決勝前後でよく目にした”攻撃的”あるいは”攻撃サッカー”という言葉。
私の基準から言えば、東京も浦和も”攻撃的”ではない。
このテーマについては以前から文章化しようと考えていたが、
週刊サッカーマガジン11月13日号に掲載の杉山茂樹のコラムの内容を読んで
人によって違うものだなぁという感慨もあって、書くモチベーションが高まった。
杉山は次の3つを「攻撃サッカーを構成する主な要素」として挙げ、
このうち2つを満たしていた決勝での東京は、攻撃サッカーだったと結論している
(杉山に誉められてもあまり嬉しくはないが、それは置いておく)。
曰く、プレッシング、サイドアタック、ボールポゼッションの3つ。
コラム中には”何故か”は書いてない。
何故守備戦術であるプレッシングが攻撃的要素の一つに入るのか。
何故サイドなら攻撃的で、中央は攻撃的でないのか。
よくわからない。
他のコラムでは解説しているのかも知れないが、私は知らない。
私の基準はと言うと、次の2つを満たしている場合である。
1)攻撃にかける人数が多い
2)ポゼッションサッカー
1)の理由は単純。攻撃の裏で生じる守備のリスクを承知の上でなお、
攻撃に人数をかけるリスクチャレンジの姿勢を評価するからである。
2)の理由は、リアクションサッカーは攻撃サッカーとは呼べないと思うからである。
相手の守備体勢が整っていないうちに攻撃を仕掛けるのではなく、
自分たちの攻撃によって相手の体制を崩すことが出来て初めて、
我々のサッカーは攻撃サッカーであると胸を張れると思う。
ただし、浦和のように攻撃をFWに任せている場合、
いくら破壊力があったとしてもリスクを冒していないために、攻撃サッカーとは呼べない。
またここで”リアクションサッカー”という言葉を使ったのは、”カウンターサッカー”だと
深いライン、ロングボール一発、FW頼むぞサッカーというイメージが強いためだ。
東京のような浅いライン、前線からのプレッシャー、高い位置でのプレッシングによるボール奪取、
素早いサイドへの展開、クロスボールサッカーは、アグレッシブであるという意味において
いわゆる一般的イメージのカウンターサッカーではないが、
相手の守備体勢が整っていないうちに攻撃を仕掛けるという意味において
リアクションサッカーには違いない。
リアクションの反対語はアクションだが、アクションサッカーという言葉は一般的ではないので
意味的にはポゼッションがふさわしいだろう。
整理すると、東京は2)の条件を満たしていないことで、
浦和は1)の条件を満たしていないことで、攻撃サッカーとは呼べないということになる。
(参考湯浅健二のナビ決勝戦評)
1)と2)の条件を二つともコンスタントに満たしていたのは、私の知る限り全盛期の磐田だけだ。
しかしこれははっきり言って至難の業だ。
磐田は賞賛に値するが、そこまで行かずとも、いいサッカーはある。
ただし私に言わせれば、リスクを冒さないポゼッションほどつまらないサッカーはない。
現在の日本代表のような。
つまり2)だけではダメだということ。
ポゼッションではなくとも、アグレッシブなボール奪取から、
両サイドバックやボランチが攻撃に頻繁に顔を出すリアクションサッカーが好きだったりする。
これはあくまで私の好みだけれど。
5回戦は近場で頼みますよ [ FC東京 ]
天皇杯4回戦仙台戦は1−0の勝利。
今回の仙台遠征は事故渋滞に祟られた。
行きの東北道では何と3度も巻き込まれ、前半を丸々見逃す羽目に。
まずは初っ端、岩槻IC手前で事故発生。
全く動かないので浦和で降りて岩槻で復帰。幸い岩槻IC後は順調に流れていた。
と思うのも束の間、羽生IC付近で事故発生。
加須で降りて館林で復帰。
やれやれと思ったのが浅はか、佐野藤岡付近で事故発生。
この辺になると使える下道がないのでそのまま進み、佐野SAで休憩を取った。
横転している事故車を横目にさらに北上し、この後ノンストップで仙台スタジアムまでたどり着いた。
試合観戦後に松島で生牡蠣を食べ、一泊して帰って来たわけだが、
行きと帰り合計で何と6度の事故渋滞に巻き込まれた。
やれやれである。
試合は阿部の華麗な(!)ドリブルからのゴールで辛勝。
5回戦の会場がどこになるのかわからないが、事故渋滞だけは勘弁である。
追記
戦評はこれかな
宇都宮徹壱の天皇杯漫遊記 10年という重み ベガルタ仙台対FC東京
モチベーター [ その他サッカー ]
開運!?スポよた堂のJ ナビスコ杯そしてからもう一つ。
ドトールの話で選手の緊張を解く原監督の話が載っているが
原監督は意外に選手のモチベーションコントロールが上手なのかも知れない。
監督に必要な資質として、大きく分けると2つあると思う。
戦術家としての資質と、モチベーターとしての資質と。
いいサッカー、いい成績を残すにはこの双方が必要であり、
多くの監督はレベルの差こそあれ、両方を兼ね備えているとは思うが
この監督は戦術家、この監督はモチベーターと分類すると話が早いことが多い。
戦術家としてわかりやすい例はアリーゴ・サッキだろう。
自宅で日がな一日ビデオを見て戦術分析をするという、戦術オタクとしても知られるサッキ。
ACミランでそれまで誰も実践したことのない戦術を浸透させ、
内容的にも、成績でも高いものを残した。
単なる戦術オタクというだけでは、プロのサッカー選手に戦術指導をして
試合の中で実践出来る域にまで完成度を高めることは出来ない。
一人一人の人間が、どう指導すればどう動くのかを高いレベルで把握していなければ難しい。
御題目は高尚でも、民衆が理解できるようにブレイクダウン出来なくては意味がないのだ。
週刊サッカーマガジン11月13日号に掲載された岡田監督のジーコインタビューによって、
現在の日本代表のサッカーがジーコの理想
(本当に得点が取れて美しいのは、シンプルに、2本から3本のパスでシュートまで行く形)
からほど遠いものであることがわかったわけだが、これには驚いた。
ピッチ上の現象はもちろん、報道されるジーコや選手の言動から
現在の姿が理想型とは行かないまでも、それにかなり近い形であると思っていたからだ。
恐ろしいのは、自分の考えていることを実践させる具体的指導どころか
我々サポーターや、マスコミ、そして肝心の選手に到るまで、
ジーコが考える理想をイメージとしても伝えることがまるで出来ていないということだ。
さて、話を戻して今度はモチベーターとしてわかりやすい例。
私はファーガソンを挙げる。
岡田監督によれば、一つのチームでマンネリ化せずに指導できるのは3年が限度ということだが
18年間の任期の間に、リーグ優勝8回(13回)、FAカップ優勝5回(11回)、
リーグカップ優勝1回(1回)、チャンピオンズリーグ優勝1回(2回) ※
※カッコ内はマンチェスター・ユナイテッドとしての通算優勝回数
という驚異的な成績を残すことが出来るのは、単なる戦術家には到底成し得ないと考えるからである。
他の民族と比較して闘争心というものが強くない日本人は、モチベーションコントロールと言うと
選手の闘争心を如何にかき立てるかだと思ってしまうが、
元々闘争心には事欠かないヨーロッパ系の人種に対しては、
高まり過ぎる闘争心を沈静化して冷静にさせるクールダウンも普通に行われる。
要は選手の精神状態を自在に操れるのが優秀なモチベーターなわけだが、
これは考えようによっては怖いことかも知れないと思ったりもする。
原監督と言うと、「スペインサッカーが好き」とか「4バックが好き」とかいう言動から、
見よう見まねで戦術を指導している印象がある。
だが決勝の、監督としてもプレッシャーのかかる場面で、たった一言で選手の緊張を解いた。
モチベーションアップではないからクールダウンの部類に入るのかと思うが、
モチベーター原としての側面を見られたのはとても意外だった。
単なる天然の可能性も捨てきれないのが微妙だが。
”敵”じゃなくてさ [ FC東京 ]
開運!?スポよた堂のJ ナビスコ杯そして
この人が東京に対して持っている印象は、私が東京に対して持っている印象とかなり近いものがある。
最近では「T! O!K・Y・O!」コールに代表されるスタジアムの雰囲気も社長のキャラクターも、
文中で「どこか妙に風穴が開いた感じ」と表現されている部分は
私の言葉で言えば、「客観性を保っている」ということになる。
上記のようなネタは、自分自身を主観的にしか見られないと引っ張り出すことは困難なものだからだ。
あと私が思うのは、(最近は東京もそういうことがなくなってしまったが
(やっぱりゴール裏の人数増加が最大の原因だろう))
対戦チームおよびサポーターはいわゆる敵ではなくて、
一緒にサッカーを楽しむ相手として互いにエールを送り合うくらいの余裕が欲しい。
例えばこんな感じである(東京中華の応援風景1999から)。
東京中華で紹介されている以外にも、こんなことがあった。
この試合は、あのワールドユースナイジェリア1999を戦った大宮の氏家選手が凱旋した試合だった。
試合前のセレモニーで花束が贈られ、大宮サポから氏家コールが起こった。
それに続いて東京サポも氏家コールを送り始めたのだ。
日本代表として戦ってきた選手に対しては、クラブの壁を越えてエールを送る。
それだけじゃない。対戦相手の1選手にも同様の敬意を。
だって相手がいなければ試合は成立しないんだから。